2018-06-04

金剛般若経に触れ 6月の内山節寺子屋

 6月2日の夕方から、定例の内山節寺子屋が亀有駅から徒歩15分の延命寺であり参加した。前半の一般報告は、立教大ゼミ生だった男性から「世代間コミュニケーションと経験値の伝承」があった。労働観などの価値観が大きく変わり、経験知が高齢者から若者に伝わっていないとの現状報告があった。注目すべき点だが、要は現象面だけでなく何を伝承させるかだろう。
 後半の内山さんは、今回は金剛般若経を取り上げ、中公文庫の般若経典の中から紹介してくれた。紀元150年頃にできた大乗仏教にかかわる般若経の1つであり、仏教において極めて大切なキーワードである「空」の言葉は1つもないが、内容は全て「あっても捕まえることのできない空」についての解説である。
 ところで日本語で書いた仏教経典は沢山あるが、翻訳してあっても意味を理解するのが私のような素人にははなはだ難しい。専門用語が多いし、かつ分かっているつもりの言葉を違う意味で使用していることも少なくないから、読んでも何か胸に落ちない。
 その点で内山さんは、細部にこだわるのでなく、民衆視点で全体の仏教の大きな流れの中で、その経典のもつ意味を解説してくれるので分かりやすい。
 自我を捨てきれずに矛盾の多いシャバで生きて修行する在家仏教こそが、真理をつかみ悟りに近づくことができると大乗仏教の本質を語っていた。
 休憩時間に内山さんに、『哲学者 内山節の世界』(新評論 2014年 かがり火編集委員会)の帯にある「哲学は学問として学ぶためにあるのでなく、美しく生きるためにある」との素敵な一文は、先生の言葉かたずねた。すると『哲学の冒険』で使ったとのことであり、帰ってからその本を読むと、第一章2で「美しく生きるために哲学を」として古代ギリシャで活躍したエピクロスに触れし、哲学こそが「美しく生きるための基礎原理である」との言葉を紹介していた。
 8時半頃に終了し、その後は持ち寄った食べ物での楽しい懇親会。冷たいビールで乾杯し、たくさんの料理を口にしつつ団欒した。今回の寺小屋も刺激になった。

2018-05-28

竹林での薫風(くんぷう)コンサート2018

 5月27日(日)の10時過ぎに家を出て、また折り畳み自転車をさげて千葉県の船橋市を目指す。何度も訪ねている飯島農園の横にある竹林で、11回目となる薫風コンサートが13時から開催となった。12時に会場へ入り、主催者である「おいしい野菜公園2007」の尾上事務局長と園主の飯島さんから、日本科学者会議の仲間と一緒に聞き取りをさせてもらった。
 飯島農園で10坪の畑を借りて作物を作っている人たちが、農と環境などを自分たちで楽しむ場として2007年にクラブ「おいしい野菜公園」を立ち上げ、現在は38人の会員がいる。その活動の1つが今日の野外コンサートで、その準備に約20人の会員が参加し、会場の設営、進行、コンサート後の会食の準備などをしていた。8割は定年退職組で、美味しい野菜を作って家族で食べ、また太陽の下で動くことができ健康にも良いと第二の人生を畑仕事で楽しんでいた。
 コンサートは、千葉のアマチュア・ジャズ・バンドが連続して5年も出演し、アンコールを含めて15曲を奏でてくれた。17歳の高校生から77歳の高齢者まで23人の演奏者が、トランペット、フルート、サックス、トロンボーン、ギター、ベース、ドラムなどを使い、休憩をはさんで曲を流してくれた。ジャズといってもバラードやボサノバ腸もあったし、最後のビートルズの名曲「Hey Jude」ではしんみりと聞かせてくれた。
 周囲には高くて太い孟宗竹がたくさん並び、屋内での音響とはまるで異なって優しい。上空からは木漏れ日が射し、真っ黒いアゲハチョウがそよ風と共に舞ったりしていた。
 150人ほどの観客は、3時半頃まで無料のコンサートを最後まで楽しむことができた。
 後片付けをしてから竹林の横で、「おいしい野菜公園」の会員と演奏者での会食となり、冷たいビールやワインもあれば会員がそれぞれ手作りの1品を持ち寄っており、テーブルには食べきれないほどの料理が並んでいた。そこに参加させてもらい何人もから話を聞かせてもらった。買って食べるだけの農作物でなく、家族などが食べることのできる野菜を無理なく育て、さらにはコンサートや花見などで交流を楽しんでいる。近郊農業の1つの意義ある在り方として注目してよいだろう。
 会食はあたりが暗くなる頃に終えて解散となったが、残りのビールや料理をもって母屋に戻り、夜遅くまで飯島さんから話を聞かせてもらい、結局は泊めさせてもらった。心身ともに楽しい1日だった。

 
 

2018-05-25

年1回の同窓会に参加

 5月20日の日曜日の午後は、東大の五月祭りが本郷キャンパスであり、恒例の東大生協の同窓会があって、昨年と同じく庭からいくつか花を切って持参し各テーブルに飾った。定刻の少し早く出かけ、久しぶりの校内を散策した。以前のように古本を販売したりするテントは皆無で、フランクフルトなどの販売もあれば、安田講堂近くの広場では原宿あたりと見間違えるようなビートのきいた音楽で若者が踊り歌っていた。
 講堂前の地下にある懐かしい中央食堂へ入ると、この春に全面改装し雰囲気が一変していた。私が25歳の常務のとき新設した食堂で、いろいろな想い出があった。もう約40年もたつので新しくするのはいいが、当時300万円もの寄付金を集めて設置した巨大な壁画を、何と生協が廃棄してしまったのには唖然。使いやすいシャープペンが欲しいと第二購買部に行くと、東大の名称の入った文具や菓子などがずらりと並び、どこかの土産屋のようで驚いた。
 1時から第二食堂での同窓会には、各地から約50人が集まって互いの元気な顔を見せ合った。会員は200人近くいるが、参加者はだんだん減少している。定年してすぐの人がなぜか入会しないし、高齢者は毎年のように数名亡くなるか足腰が悪くなるので、参加者が減るのもやむを得ない。85歳になるKさんは、少し前かがみで歩いているし、80歳になった晴さんは車椅子で奥さんの介助で来ていた。
 1年ぶりの懐かしい顔にあれこれと話がはずみ、ビールやお酒もグイグイ進んだ。途中で参加者の近況報告の時間があり、私は昨年11月に開催させてもらった大阪いずみ生協事件シンポの概要と、その報告書が完成したので紹介し、300円で4冊販売できた。
 後半はカラオケタイムで、「四季の歌」や「若者たち」などを一緒に大声で歌った。また来年も元気で参加し、楽しく懇親したいものだ。そのためにも事故にあわず健康管理もしなければ。
 3時半頃に集合写真を撮って解散した。
 徒歩で上野駅に向かう途中で、不忍池の横にある石に腰を掛けほろ酔い気分でスケッチを1枚描いた。

2018-05-16

5月の寺子屋

 5月13日(日)の16時から寺子屋があり、大雨の中をずぶ濡れになったが会場の亀有にある延命寺に出かけた。前半の1時間半は、参加者の一人である谷口さんによる「正しさに居つくをしない活動の地平を求めて」のテーマでの報告があった。障がい者問題に関わる実践と理論化を進める彼女が、私の1月と2月の報告を受けて感じたことを発表するとのことで興味深く聞かせてもらった。パワーポントのイラストを使いながら熱心に説明してくれたが、どうも抽象的すぎて私の頭での理解は今ひとつであった。それでも制度や政治への働きかけの現実的対応と、暮らしを創りつむぐ根本的対応の異なる2つの時空があり、この2つを行き来する実態があって、それらを通して障がい者の問題を自分事にしていこうとする迫り方には共感できた。
 10分の休憩の後は、哲学者内山節さんの時間である。今回はテキストとして、雑誌『かがり火』のこの5月号から、本人の書いた古典を読む第46回の「維摩経」のコピーがあった。経典に書いてある文章の細かい解釈でなく、全体の仏教の変遷の中での「維摩経」の特徴をかいつまんで話してくれるので分かりやすい。なお「維摩経」は、在家仏教者である維摩さんが、出家仏教者よりも真理を理解しているという面白い問答集でもある。
 コピーの1節に、「仏教は、ひとつの教義を守り抜くという信仰ではなく、時代の中で展開する仏教運動なのである。運動だから、常に新しい考え方が付与されてくる」とあり、特に大乗仏教の理解として勉強になった。
 ある仏教学者は、「仏教は言語哲学である」と説明している。まさに哲学であり、キリスト教やイスラム教などのように、絶対的な存在である神を本来の仏教は認めてなく、そのため「神と再びつながる」意味の宗教の枠に入れることが私は間違っていると思うのだが。
 ともあれ一度は「維摩経」の経典を読みたくて、図書館から借りてきてパラパラとめくったが、もちろん簡単に読めるものではない。じっくりと味わってみたい。


2018-05-14

千葉県の農家を訪ね 石井君の畑

 5月11日の昼過ぎに、折り畳み自転車を使って千葉県印西市にある農家を訪ねた。都市近郊の農業の現状を視察し、これからの農業の在り方を考えようとする、私の所属する日本科学者会議食糧問題研究委員会の活動である。
 船橋農産物供給センターから今回紹介してもらったのは、西瓜やメロンなどを栽培している石井さんで、直販所のブランドは「石井君の畑」でりっぱなロゴマークもある。この直販所は20年も前に開設し、10年ほどでファンが定着して、甘い西瓜やメロンの9割がこの直販所で販売しているというから凄い。
 2時に訪ねて白茄子の植え付けを手伝った。1反ほどの畑にマルチのビニールがかけてあり、マルチの切り込みに穴を開けてポットの苗木を入れ土をかぶせて押さえていく。単純な作業の繰り返しだが、とにかく数が多い。中腰になって1時間も作業していると、両膝がガクガクなってしまった。何とか4時頃に作業を終え、一休みしつつ話を聞かせてもらった。68歳の石井さんには、奥さんの他に今の農家では珍しく跡取りとして長女夫婦がいて、4人で畑と水田で働いている。
 石井さんに農業を成功させるポイントを聞くと、第一に土壌の特徴を知ってそれに適した作物を見付けること、第二にその土壌を豊かにして美味しい作物を育てる有機肥料を作ること、そして第三に林などの自然の中で育てるとのことであった。第三の理由がよく分からず聞くと、それは奥さんの意見とのことであった。そこで奥さんに教えてもらうと、都会の騒がしい中でなく林など自然の中の方が、作物のストレスにならず美味しくなるのではないかと感じていますとのことであった。農作物も同じ生き物であり、ストレスの少ない方が伸び伸びと成長するのだろう。
 ところでスーパーなどで販売している農作物は、カットして店に並べて販売しやすくするため、西瓜やメロンなどは堅い果肉の品種になっている。しかし、本当は果肉が柔らかく畑で熟した農作物が一番美味しいのでここではそうしており、それを味わった人はまた翌年も求めてくるとのこと。
 消費者が美味しいと感じる農作物をていねいに育てていて勉強になった。
 

2018-05-10

南相馬を訪ね3 いくつもの巨木が

 今回は時間的なゆとりがあり、取材の合間に持参した自転車で地域を走り回った。鹿島では以前に訪ねた一本松のあたりに行ったが、新しい防潮堤ができ大きな風力発電が4基も回転していて、まるで風景が変わっていた。残念ながら枯れた一本松は伐採し、その一部は南相馬博物館に展示してあって見させてもらい、残りは地元の人たちの表札などにしたそうだ。
 歴史の古い地域であり、巨木がいくつもある。1つが鹿島御子神社の大けやきで、樹齢が何と800年の巨木が2本もあった。800年前とは1200年前後の鎌倉時代であり、親鸞や日蓮などが活躍し、鎌倉の大仏ができた頃でもある。持っていったスケッチブックに、巨木の前と後ろから2枚描かせてもらった。大地にドッシリと根差し、それは圧巻であった。両手を樹木に当て、しばし目を閉じてエネルギーを分けさせてもらった。ふと足元を見ると樹皮の小さなかけらが落ちていたので、記念にいただいてきた。
 2つ目は小高地区にある同慶寺の大イチョウである。江戸時代にこの地域を治めていた相馬家の菩提寺で、16代から27代までの一族が大きな石塔の下に葬られている。あいにくの小雨が降り寒くてかじかむ手で、本堂の軒先に座って静かにスケッチさせてもらった。なおここの住職とは、以前に会って名刺を交換していたので、30分ほどであったが会って人の生き方などの話を聞かせてもらった。
 ところでこうした巨木は、いったいどのようにその時代の動きを見ていたのだろう。そして今回の原発事故という人災を、どのように感じて眺めているのだろうか。きっと愚か者めと、高い上から見下しているのではないだろうか。住んでいる取手市も放射能に汚染されており、その点では私も被害者の一人だが、巨木にとっては人類という加害者の一人にもなってしまう。

2018-05-09

南相馬を訪ね2 グループホーム

 5月3日から南相馬の、あさがおが運営している「いやしの家」のグループホームを訪ねた。ここでは西理事長のこだわりで、障がい者の方たちの職場と住まいをセットにすることを大切にしていることが凄い。
 南相馬の鹿島を中心に実に7軒のグループホームをあさがおは運営し、それぞれに6人前後の利用者がいて、昼と夜を別々の世話人がサポートしている。
 ところで震災後は子どもを連れた若い人が少なくなり、高齢者が高齢者を、または障がい者が障がい者の世話をすることも出てきている。
 そうしたギリギリの中で暮らしていると、思わぬトラブルが発生する。日曜の昼食は、以前からカップヌードルとパンにしてきた。たまたま5月6日にあるグループホームに入所している人が、肉を食いたいと買ってきて4人の仲間で食べた。ところがその1人は肉を喉に詰まらせ、仲間が慌てて救急車を呼んだ。すぐに来た救急隊員も、これは大変とドクターヘリを使って市立病院に搬送したが、脳死状態で亡くなるのは時間とのことになったようだ。
 肉を喉に詰まらせて死亡するとは、私には信じがたいが、これが障がい者の現実である。西さんに聞くと、以前に饅頭の薄い皮がある障がい者の喉奥にくっ付き、慌てて逆さにして背中をドンドン叩いて事なきを得たとのこと。
 こうしたグループホームの世話人に、かなりのしわ寄せがいっている。もう少し広い地域で、互いに助け合う社会を創ることが大切なようだ。