2019-03-26

映画「NORIN TEN“農の神”と呼ばれた男 稲塚権次郎物語」を観て

 24日に日比谷図書館にて、映画「NORIN TEN “農の神”と呼ばれた男 稲塚権次郎物語」を観た。2015年作であったが、今でも十分に見応えがある。日本の小麦の中で、寒さに強くてかつ収量も多い農林10号は、その後の品種改良にも大きく貢献した。それは国内にとどまらず、戦後にアメリカに渡った農林10号はメキシコへと流れ、そこから世界の各地へと広がり、多くの人々の飢餓を防ぐなど多大な貢献をしている。貧しい農家に産まれた権次郎は、いろいろな人の協力も受けつつ地道に努力して農林10号を開発し、戦争など政治に翻ろうされながらも、晩年まで農に寄り添って生きた。そうした史実にもとづく映画であった。
 映画の後で、龍谷大西川芳昭教授と稲塚秀孝監督のトークショーがあった。種子法廃止やゲノム編集などにより、種子が金儲けの対象となる環境が一段と我が国で進もうとしている。そうした中で人類の共通財産である種子が、世界を自由に旅し、それにあわせて人も動くことが人類発展の歴史であり、それを一部の企業の利益の手段にすべきでないとの2人の話は説得性があった。

2019-03-19

3.17 守ろう!暮らし&平和とりで集会

 3月17日(日)の午後に、取手駅前にある広場で、「3.17 守ろう!暮らし&平和とりで集会」があり、約90人と一緒に参加した。
 オープニングは、地元バンド演奏による歌声であった。酔ったときのカラオケもいいが、青空の下で大きな声で歌うのもまた格別である。
 集会のメインスピーチで一人目は、弁護士から「阿部九条改憲ストップへ政権追い詰めよう」があった。二人目が私で、タイトルは「福島事故8年、ありえない東海第2原発再稼働」として20分話させてもらった。福島原発事故がアンダーコントロールしていると2013年に首相は大嘘をついたが、大きな影響が今も続いている。原発関連自殺者は昨年末までに219人で、その内福島の103人の大半は原発事故が影響し、今後も残念ながら続く。
 除染ゴミの処理も終わらず、土や小石は高速道路の下に使う実験をしたり、草木などは焼却して灰を建築資材に加工したりしている。
 人体への影響では、甲状腺癌の発生以外にも、茨城や千葉などのホットスポットで、アトピー性皮膚炎の悪化した事例などが報告されている。
 福島では放射能の汚染地への帰還を進めているが、国際基準や国内法でも一般人は年間1mSvであるにも関わらず、国はかってに20mSvを基準している。それも内部被曝を無視しているので、海外の専門家からすれば驚くべきことが我が国では進行している。
 さらには、昨年『しあわせになるための福島差別論』(かもがわ出版)が出て驚いた。かつては民主的な科学者と呼ばれていた人たちも執筆しているが、中立といいつつ現状の帰還は問題ないと追認し、結果として国や東電を擁護するとんでもない悪書である。その執筆者たちがガイドの福島復興ツアーの宣伝が、1月の赤旗日曜版に載っていて私はガッカリした。
 原発は、核分裂によって発生する3000度をこえる熱を、蒸気にしてタービンを回転させ発電する。これだけの高熱に耐える金属は今はなく、パイプが破壊するなど故障するのが当たり前である。だから東海第二原発の再稼働も論外な話である。
 こうした政治課題としての脱原発はぜひ強めなくてはいけないが、同時に日常の暮らしの中で節電するとか、自分にできることから原発に頼らないことも大切である。
 そんな話を私はさせてもらった。
 三人目は民商の方が、「消費税10%でどうなる国民のくらしと経済」について触れた。
 地域で平和活動している2人からの会場発言があり、集会アピールを採択して閉会した。

2019-03-08

2月に辺野古を訪ねて

 2月27日から3月6日まで辺野古を訪ね、途中の3月1日から3日間は伊江島に渡ったが、それ以外は辺野古での取材を続けた。
 2月24日の辺野古基地建設に関する県民投票では、71%もの圧倒的な反対で県民の意思が再び明確になった。それでも辺野古の地元では、受け止め方が複雑で、いくら反対しても新基地ができるのであれば、補償金や補助金を1円でも多くもらった方が得だと考える人が少なくない。実際に集落を歩くと、これが民家かと驚くような豪邸がいくつもあるし、他方でペンキやコンクリートが一部はがれた小さな家もある。
 新基地造りに賛成と反対の意見が、地域単位でなく、親子で夫婦で兄弟でも別れ、コミュニティを分断していることが切ない。
 政治的なスローガンで、「米軍の新基地反対!」と叫ぶのは、もちろん大切だし恰好も良いかもしれないが、それだけでは辺野古の今を伝えることにはならない。賛成と反対の両方で立体的な意見になるし、その背景にある歴史・文化・自然などもからませないと一面的になってしまう。
 小さな「平和丸」で沖に出て、海上から埋め立て地を観た。ダンプが運ぶのは、小石だけでなく明らかに赤土もあって沖縄県条例違反である。かつては朝鮮戦争やベトナム戦争で、そして今も中近東に向け出撃している沖縄にある基地の米軍。それを私たち日本国民の税金を使い、東洋一となる海兵隊新基地を造るのである。辺野古や沖縄だけの問題ではけっしてない。

2019-02-26

辺野古の集会に参加して

 25日の午後に、参議院議員会館において辺野古に関する集会があり足を運んだ。防衛省の若い職員が、市民団体からの質問に対して回答するのだが、とても聞いているのが恥ずかしくなるような内容であった。辺野古の新基地造りでは環境監視委員会があって、そこの専門家の評価に沿って防衛省は動いているというのであるが、ジュゴンが船にひき殺されない限り船の影響はないとか、マユネーズ状の90mの海底まで杭を打ち込む工事は、日本で65mで外国でも70mしか例がないにも関わらず、妥当な工法であると専門家の委員は言っているなどと説明していた。要は御用学者を集めた環境監視委員会を楯にして、だから大丈夫とか安心と言うだけである。これでは役人に何を聞いてもダメで、環境監視委員会の専門家に直接聞くしかないが、それは残念ながら実現しないだろう。
 福島の原発事故の影響はいまだに続いているのに、「アンダー・コントロールしている」と世界中に向けて大嘘を首相がついても反省しないのだから、若い役人が御用学者を使って本質をごまかすのも平気なのだろう。いや本省の役人ともなれば、一流の大学を出て頭はきっといいはずだから、事実はどうなっているか知っていて、きっと自己矛盾に悩んでいるはずである。
 集会の後半は、良心的な学者・専門家が、いかに事実をねじ曲げて政府が埋め立てを強行しているか写真なども使い説明があって参考になった。
 24日の沖縄県民投票では、多くの人が基地反対を表明したが、数は少ないとはいえ「賛成」や「どちらでもない」と投票した人たちもいる。
 明朝から6日まで辺野古に入る。現場の動きを観ると同時に、新基地に反対だけでなく賛成やどちらでもない人たちの意見も、ぜひ一人でも多く聴いてきたいものだ。

おいしい野菜公園2007

 24日の午後に千葉で野菜作りを楽しんでいるサークル「おいしい野菜公園2007」の総会があり、傍聴させてもらった。10坪の畑を借りて、個人や夫婦で農と食を楽しんでいる約40人の素敵なグループである。基本となる野菜の種や苗はプロの生産者が提供し、育て方も教えてくれるし、道具や簡単な器械などもあって、初心者でも安心して野菜作りができるようになっている。
 農業の後継者がいないとどこでも問題になっている。しかし、農業に魅力がないわけではなく、ここのグループのように各地の市民農園などでも楽しんでいる人は多い。さらにここのグループでは、仲間を誘って花見、ホタル狩り、竹林でのジャズコンサート、北陸の被災地支援など、多様な工夫をして懇親を深めている。
 総会とその後の二次会にも参加させてもらい、自然の中で農に触れる楽しさはもちろんだが、人と人のつながりを深めていることがよく分かった。近郊農業の在り方では、こうした10坪ほどの小さな生産者も、家族の食べる新鮮な野菜を作って役割りを果たしているので、これからも広がっていくのではないだろうか。
 二次会でアルコールがかなり入っていたこともあるが、人生を楽しんでいる人たちの笑顔は輝いていた。

2019-02-24

農家へのエール

 庭にたくさん咲いているノースポールの1株を小さな鉢に移し、机の上に飾って原稿書きなどで目が疲れると愛でている。それにしても寒さに強い花で、霜や小雪にも負けず咲いている姿が清々しい。机の上の花びらは、夜になると閉じて、朝日をあびると少しずつ開く。
 21日に生協と長年つながっている千葉にある有機農業の生産者団体から頼まれて、「農家が元気になる話」をさせてもらった。1年前からの聞き取りをしている人を含めた70人ほどの農家に、私は以下のような話をさせてもらった。
 どこも農家も高齢化と後継者不足が深刻で、このまま推移すると後5年もすれば、日本の農産物の生産は激減してたいへんなことになる。それほど農業は魅力のない仕事だろうか。都会で時間と数字に追われてメンタル不全になるほど働き、悩んでいる人は多い。そうした人からみれば、たとえ収入額は減少しても自然の中で、農作物を相手に人間らしく健康的な仕事をすることは、このうえない喜びとなる。
 九州のある生協では、障がい者の働く場として椎茸栽培をはじめたところ、その運営に関わるポストにおおぜいの職員から立候補があった。それも優秀な人が多かったと担当役員から聞いた。2009年に設立したイオンアグリ創造(株)は、全国21か所の350haの畑で野菜を育て、近くの店舗で販売している。そこで働く650人の平均年齢は29歳で、かつイオンの職員などに募集をかけると定員の100倍もの応募があるから驚く。
 こうしてみると農業に魅力を感じている若者は多く、高齢化や後継者不足や嫁不足は、時間を大切にする若者の目線で働く環境などを改善すれば解決するはずである。低い米価格や、生産者の負担となる農作物の過剰な選別など、社会的に改善すべき課題はたしかに多い。
 と同時に農家が、自らの仕事や暮らしの中で楽しみ、誇りを持って後継者や消費者にアピールすることも大切である。農業しつつも俳句をいつも創っている野良爺さんが会場にいたので、その紹介もさせてもらった。
 

2019-02-15

ネパール・スタディー・ツアーの報告会を開催

 14日の18時から渋谷のコーププラザの会議室において、昨年11月に開催したネパール・スタディー・ツアーの報告会を開き、里親13人と2人のゲストの計15人で、2時間近く楽しく有意義な時間を持つことができた。
 会費は1人1000円で、近くのスーパーなどからアルコール類などのドリンクと、おにぎりやサンドイッチ、つまみ、みかんなどを購入してきたので、乾杯してから飲み食いしつつの場となった。
 ツアーの参加者7人のうち、会場に来ていた4人が10分ほどの報告をまずさせてもらった。団長としての私は、絶対的な貧困がネパールの里子たちに表れているとして、昨年春からなった里子の1人を紹介した。学校の門に捨てられていた少女を、やむなく学校の女性の用務員さんが引き取り、姉妹として暮らしていた。用務員さんの弟はダウン症で、それだけでも経済的に大変だろうに、さらに見ず知らずの子どもの面倒を見ている。なかなかできることではない。
 昨年夏に自殺した母親のことも、秋に訪ねて事情を聞き報告させてもらった。父親の酒におぼれ暴力をふるったことが主原因で、施設に入った可愛い2人の少女を思いだし、それは切なかった。
 他の3人もそれぞれ印象的な出会いなどを話し、全体としてこれからも継続してネパールの貧しい子どもたちを支援しようとなった。
 それにしてもネパールでは、共産党が第一党になってもこれまでにない汚職が広がって社会は混迷しているし、インフレが進んで物価が高くなり、年間1万1000円の里子支援金が、いつまでもつのか心配である。そんな中でも、物がなくても活き活きと目を輝かせて生きているネパールの子どもたちに学ぶことは少なくない。