2010-11-12

コープソリューション掲載記事1 組合員の夢を形に 南医療生協

シリーズ「生協は今」をはじめるにあたり
 巨大になった我が国の生協は、「生協はひとつ」でなく「生協はひとつひとつ」とも称されるほど多様な発展をしつつある。社会の環境がより変化していくなかで、さらに生協も動きが活発化していくことだろう。このような激変するときに大切なのは、原点回帰と動向把握である。
 そこで各地における生協の最新の動きから、そのもつ意味について率直な問題提起をさせてもらう。生協を考えるヒントに少しでもなればと念じている。

 組合員の夢を形に
  ―新南生協病院のチャレンジー      2010.4.21  生協研究家 西村一郎
病院らしくない新南生協病院
 3月23日にオープンしたばかりの7階建てで313床の新南生協病院は、もちろん最新の医療機器を揃えた素晴らしい総合病院であると同時に、他方で病院らしくない面をいくつも持っていて驚く。
 広いロビーに入るとゆったりとした空間にソファーが並び、まるでどこかの大きなホテルにでも来たような錯覚におちいる。医療機関特有の消毒液の鼻を刺す臭いでなく、ロビーにあるカフェからのコーヒーの香が漂っていることも一因である。
 さらにはソファーに腰を下ろして、カフェコーナーの上を見上げると、吹き抜けに面した広い窓ガラスの向こう側には、各種のトレーニングマシンを使って汗を流している多数の人たちの元気な姿が見える。
 驚くのはロビーだけではない。ロビーを突き抜けて裏庭にまわると、木造の落ち着いた有機野菜専門のレストランもあれば、調理施設を備えた多世代交流館では、エプロン姿の組合員が集まっている。その横には、パン作り教室も備えた本格的な石窯を使ったパン屋があって、若い女性も来るし、その先には保育園があって子どもたちの元気な姿がある。こうした様子は、病室からながめることもできる。
要するに新南医療生協病院は、これまでのような病人や怪我人だけでなく、健康な人も来ることのできる施設でもある。
南生協病院の喜多村院長は、「夢いっぱいの『おもちゃ箱』のような新南生協病院ができました」と挨拶されているが、まさにいろいろな人の夢が各所につまっている。

南医療生協とは
愛知県の南部地域を対象とする南医療生協の出発点は、阪神大震災に匹敵する被害者が出た1959年の伊勢湾台風である。その救援活動に関わった人々が中心となって、小さな診療所づくりから出発した。19611112日のことである。
ところで医療生協とは、地域の人びとがそれぞれの健康や医療と暮らしに関わる問題をもちより、組織をつくって医療機関をつくり、それらを通して協同によって問題解決をする自治組織である。
こうした医療生協のひとつである南医療生協の基本理念は、「みんなちがってみんないい、ひとりひとりのいのち輝くまちづくり」であり、基本方針は以下の7項目にまとめている。
南医療生協は、地域社会に開かれた協同組合を目指し、平和と人権を大切にします。
②「わたしと地域 まるっと健康づくり」に努めます。
③「いざというとき安心」の医療、介護、福祉の充実に努めます。
④安全、安心、納得の地域医療、歯科医療の充実に努めます。
⑤災害時には医療救護活動に貢献できるように努めます。
⑥人間性ゆたかな医療生協人の育成と、働きがいのある職場づくりに努めます。
⑦健全な事業経営に努め、その成果を社会に還元するように努めます。
この考え方を大切にして、現在ある39もの事業所の経営にあたっている。


組合員を信頼し
その1つである古い南生協病院が、耐震工事などで建て替えをしなくてはならなくなった。同じ機能の病院を造るだけではもったいない。「市民の協同でつくる、健康なまちづくり支援病院」を基本テーマにして、6万人にもなった組合員の総力を結集することにした。5年前のことである。
具体的には100の支部においてそれぞれ10名で話し合いをし、それらを代表が持ち寄って議論することである。名付けて「千人会議」。2006年8月の第一回からスタートし、毎月第3土曜日の午後2時間半ほどを使っておこない、この4月17日で45回目にもなった。毎回のようにオブザーバーも参加し、延べ人数は5000名を大きくこえたその会議では、以下の10の基本構想(ゾーン)について議論を重ねてきた。
  急性期医療 ②母子医療・保健 ③健康づくり健診 ④介護・福祉 ⑤多世代交流
⑥研修・研究 ⑦終末期医療 ⑧環境・災害 ⑨地域連帯 ⑩みなみ安心まちづくり
 考えの異なる多くの組合員が参加した。さらには生協職員や設計士なども自由に加わり、それぞれに関しての意見交換を旺盛に繰り返した。中には正反対の意見となって衝突することもあったそうだが、時間をかけて議論を積み上げることによって一致点を見付け、新南生協病院へと具現化しているから凄い。
 ベッド数は新旧で同じだが、プライバシーをより大切にするため個室化率を50%にしたことや、障害者にも協力してもらって、誰にでもわかりやすく作成した館内の表示もあれば、妊婦の気持ちをより尊重するため、産婦人科だけでなく助産所も併設したことなど、いくつもの改革がおこなわれている。
 共通しているのは、一人ひとりの組合員が自立した市民として議論に参加し、それぞれの夢を形にしていることである。そこでは組合員が積極的に動き、新しい仲間を増やし、増資を積極的に呼び掛け、経営を力強く支えている。
 ややもすると生協では、運動は組合員で経営は専従者がするものと区分けしていることが少なくない。店舗や病院などの事業所では、ベテランの生協職員が立案して理事会や総代会などに提案し、組合員の了解を得てから経営することが一般的である。ところが、そうした全国の店舗や病院などの多くが赤字経営となって大変な状況となっている。
 その点で南医療生協では成瀬専務によると、専従者主体で造った事業所の多くが赤字か厳しい経営状況であるのに比べ、組合員が主体で開設した事業所の大半は黒字だとのこと。 利用する組合員の暮らしや気持ちを一番良く知っているのは同じ組合員であり、そうした組合員が経営に深くコミットすれば、生協の提供する商品やサービスで組合員とのミスマッチが少なくなることは当然のことだろう。「組合員が主人公」とか「組合員のために」と口先で言うだけでなく、組合員を心底から信頼した生協の経営にすることが重要である。

生協間の協同
 新南生協病院のロビーには、カフェ「ろっちでーる」の他に、コンビニショップの「なんでもかんでも」もあれば、レストラン「レスポアール」もあって利用者が足を運んでいる。これらの施設の運営は、日本で初めて医療生協と地域生協と大学生協の連携した組織が主体である。
 新南生協病院がオープンする少し前の2月20日のことである。当時の「めいきん生協」(現在はコープあいち)と大学生協東海事業連合と南医療生協の3者が集まり、一般社団法人「協同・夢プロジェクト」を発足させた。
大学生協ではコンビニショップのノウハウや、レストランの経営で実績があるし、地域生協では安心な食材を扱っている。これに医療生協の健康を守るノウハウや施設と連携すれば、地域づくりにも大きく貢献することができる。そこで一般社団法人を作り、3生協の協同でそれぞれの長所を活かした事業を展開することにした。
組合員の暮らしや地域を考えれば、それぞれの生協を横串に刺した新しい生協が求められるのは当然である。これまでの縦割りの生協でなく、21世紀型の生協のあり方としても意味のある挑戦であろう。

建設費62億円と土地代20億円という巨額の投資を伴った新南生協病院の経営は、昨今の経済状況からすれば決して楽ではないだろう。乗り越えなくてはならない課題はいくつもある。それでも生協としての原則にどこまでもこだわり、組合員を信頼した経営が、地域社会に根付きつつある。今後が楽しみである。


 新南生協病院


 第45回千人会議(2010年4月17日)