2011-02-09

コープソリューション掲載記事7 「孫の二乗の兵法」から生協が学ぶこと

「孫の二乗の兵法」から生協が学ぶこと
                             生協研究家 西村一郎
「孫の二乗の兵法」とは
 ソフトバンクの孫正義社長が後継者を育成するため、20107月にソフトバンク・アカデミアとして戦略特別講義を開催した。そのときのテーマが、孫子の兵法と孫正義の考えを掛け合わせた「孫の二乗の兵法」である。具体的には、以下の25の漢字で表現した文字盤に示した経営指針であり、孫正義の経営哲学といってもいいだろう。
 IT産業における経営戦略ではあるが、組織を動かすポイントにあふれ、生協に引き寄せても参考になることがいくつもある。表のような5段階で、上から理念→ビジョン→戦略→将の心構え→戦術となっている。  表



理念
 戦いに勝つための条件として、『孫子の兵法』であげている道・天・地・将・法であり、事業を行う生協にとっても大切で、一番の基礎を構築する部分である。社会的に存在するため、何にこだわって事業を経営するのか明らかにすることでもある。
 まず「道」でソフトバンクにおいては、「情報革命で人々を幸せに」するとしている。事業組織の大義名分であり、生協に当てはめると生協法第1条(目的)の「国民生活の安定と生活文化の向上」になるだろう。
 「天」は天の時であり、孫は情報ビッグバン・マイクロプロセッサー・インターネットをあげている。時流に乗ることであり、生協にとっては格差社会の拡がりによって、協同による助け合いの必要性がますます国民の間に高まっている時代を指す。
 「地」は地の利を指し、2015年にインターネット人口がアジアで26億人となって、世界の半分を占めるとしている。生協にとっては、定款に定める地域を熟知し、まさに地の利を活かして事業を展開することが重要である。合併の議論においても、地の利を活かすことができるかどうかは大きなポイントの1つである。ちなみに「天の時」と「地の利」に「人の和」を加えて、成功の3条件と言う。
 「将」はリーダーのことで、優れた将を得ることを孫は強調する。適任者がいなくて消去法でたまたまトップになるのでなく、生協においても優れた将を継続して組織的に育てることである。
 「法」は、組織の仕組みを整えることとしている。事業規模や社会の変化などによって仕組みは変革しなくてはならず、生協においても同じであり、巨額の赤字を垂れ流ししている店舗事業はもとより、共同購入や共済においても過去の成功体験にいつまでも安住しているわけにいかず、連帯組織である事業連合や日本生協連のあり方も含めて、まさに法の見直しが求められている。

ビジョン
 ビジョンをリーダーが持つべき智(知恵)とし、頂・情・略・七・闘をあげている。
 まず「頂」では、登る山を決め、次に山から見た景色をイメージせよと強調している。
 地域生協では、食の山頂を中心にして共済と福祉の山も決めているが、それぞれから観た下界をどのようにイメージしているのであろうか。
 「情」は情報収集のことで、経営の舵取りをするのに不可欠の項目である。生協においても同じく重要であり、組合員に関する情報はもとより、規模が大きくなればなるほど地域社会や暮らしに関する情報を把握し、経営に反映させなくてはならない。
 「略」は各種戦略の意味で、集めた情報をそぎ落として絞り込み、また勝った後のイメージを先に想像せよと教えている。これからは情報社会とも言われる時代に、生協としても必要な情報をいかに正確にかつ迅速に把握するのかポイントとなっている。
 「七」は七割を意味し、五分五分の時に戦いを仕掛ける者は愚かであり、勝率9割では手遅れになるとタイミングを説明し、生協の経営でも大切である。
 「闘」は、命をかけて闘い、闘って初めて事が成せると話している。保身だけでは、いずれ事業が破綻するのは世の常である。生協の過去の成功体験とも闘い、ときには泥をかぶってでも働くトップやマネジャーが求められている。
 
戦略
 戦略を第一人者たらんとする者の闘い方とし、一・流・攻・守・群をあげている。
 「一」では、NO1への強いこだわりとして、社会的な存在価値をアピールするためにも大切である。これまでの生協であれば、「食の安心・安全」との神話で良かったかも知れないが、もっと具体的で科学的なNO1を明示することである。
 「流」では、時代の流れを見極めるとし、農耕社会から工業社会になり、それが今や情報社会になりつつあると説明している。有限な資源を使い、大量生産・大量消費・大量廃棄という工業社会が限界に近づきつつある今日、生協もその流れを正確に理解しなくては社会的存在価値をなくしてしまう。
 「攻」は討って出ることで、営業・技術開発・M&A(合併と買収)・新規事業を紹介している。生協における食の事業でも、共同購入と店舗の業態だけでなく、インターネットスーパーや移動販売車など、新たな攻めが求められている。
逆の「守」は内部堅めであり、キャッシュフロー経営、コスト削減、投資の効率化、撤退、コンプライアンス、監査、報道リスクが当たるとしている。生協は社会的に善いことをしているとの認識のもとに甘えの構造が強く、経営責任の取り方であいまいなことが少なくないので守りは重要である。
 「群」は、戦略的シナジー(相乗効果)グループとして5000社の連携を目指し、そのためにもマルチブランドを創っていくとしている。生協においても共同購入・店舗・共済・福祉などの各業態を、事業の都合で縦割りにして経営するのでなく、組合員の暮らしや地域に合わせて、有機的に連携させたシナジー事業として展開させることだし、さらには医療生協や大学生協などとのコラボレーションも求められている。

将の心構え
 リーダーの心構えとして、智・信・仁・勇・厳が必要であるとしている。
まず「智」では、思考力・グローバル交渉力・プレゼン能力・テクノロジー・ファイナンス・分析力をあげている。権力を握った者が陥りやすい経験・勘・度胸による管理でなく、生協のリーダーにも智によるマネジメントが重要である。
 「信」では、同志的結合・パートナーシップ・信義・信用・信念を並べている。生協にすれば組合員や全職員との間だけでなく、全てのステークホルダーとの関係で信を大切にしなくてはならない。
 「仁」とは仁愛で、情け深い心で他人を思いやる意味である。人と人の結びつきで成立する協同組合の1つである生協にとっても、大切な要素である。
 「勇」では、大きな敵と戦う勇気と撤退の勇気を示している。資本主義の社会において、資本の論理に基づく株式会社でない事業組織が可能であると実践している生協にとって、大きな競争相手はたくさんあるし、これからも形を変えて出てくる。そうした相手と闘うには大きな勇気が必要で、また毎年増える巨額の赤字の店舗事業からは、撤退の勇気のいる生協が少なくない。
 「厳」では、誠の愛のため、時として鬼になれ、鬼になりきれない者はリーダーになれないとしている。他人よりも自らに厳しく当たることの大切さは、生協のリーダーにとっても同じである。

戦術
 最後の戦術では戦のやり方として、風・林・火・山・海をあげている。
 まず「風」は、まさに風のごとくのスピードである。「林」は「水面下での交渉」と説明しているように、波風を立てずに静かに事を進めることである。「火」では、「何が何でも革命的にやらなければならないときがあります」と、情熱をもつことの大切さを強調している。「山」では「ソフトバンクの事業領域は一貫して情報産業」と紹介し、不動の姿勢に触れていた。そうして最後の「海」では、「海のようにすべてを飲み込んだ平和な状態まで持っていって、初めて戦いは完結します」と結んでいる。
 それぞれの項目が、生協で経営するときの戦術として一考に値する。

生協に活かす
 こうした25文字は、生協に引き付けて考えてもそれぞれに意味がある。さらには経営だけでなく、組織を動かすことでは同じである労働組合にとっても噛み締める価値がある。あるテレビ番組で孫正義は、若者に向かって一番大切なこととして「志を高く」と強調していた。生協としての志の高さが、これまでになく求められている。
 同時に今回のアカデミアで学ぶべきことは、それぞれの生協のトップが、次のリーダー候補者に向けて熱くわかりやすく自らの言葉で語ることである。
  *コープソリューション 2010年11月号掲載

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