2016-09-27

吉永小百合さんの平和の詩朗読を聴いて

 9月24日の午後に、千葉県の四街道市文化センターにおいて、「平和と文化のつどい~伝えよう平和!未来に生きる子どもたちと~ 吉永小百合朗読会」があり足を運んだ。中学生のときに見た映画「キューポラのある街」は新鮮で、それいらい小百合さんの大ファンに私もなっていた。
 つどいの進行は、昨年の広島派遣の高校生がつとめ、オープニングは震災後に南相馬市の中学校で誕生した「群青」が、地元の合唱団約150名によって約1000人で満杯になった会場に流れた。
 昨年、長崎に派遣となった中学生の男女8人が、順番に感想を報告した。戦争の恐ろしさを漠然と認識していたが、被爆者から直接体験を聴き具体的に理解したので、これから自分の言葉で語りたいともあった。
 千葉県在住の女性の被爆者から、被曝当時に真っ黒になった死体を見たリアルな話などがあった。
 そして小百合さんの登場である。真っ白な上下で、花を飾ったテーブルの前に座って「四街道のみなさま、こんにちは。私も今日を楽しみにしていました」と優しく語りかけた。朗読する前に詩について簡単な紹介をしてくれた。
 「父をかえせ 母をかえせ」で有名な峠三吉の「序」からスタートし、ヒロシマ・ナガサキの詩で5編、「原発難民」(佐藤紫華子)などフクシマの詩で6編、詩の寺子屋より子どもの詩2編である。
 それぞれの始まる前に小百合さんは、目をつぶってしばらく祈り、音楽の調べに乗せて詩の世界を会場一杯に拡げてくれた。
 ある全盲の男性は、「小百合さんの凄さを感じました」と後で話していた。言葉や詩に命を吹き込むとは、まさしくこうしたことを言うのだろう。
 フィナーレの「ふるさと」では、地元の子どもたちと手をつないで小百合さんは再登場し、3番までを参加者とも一緒に歌った。
 最後にマイクを持った小百合さんは、「原爆がなくなるまで、一緒にがんばりましょう」と呼び掛けた。信念の座った素敵な方である。サユリストとしての自覚を一段と強めた。
 会場の最前列に私はいたので、小百合さんの顔や動作はよく見ることができた。記念に写真を撮りたかったが禁止されていたので、チラシの写真をここでは使わせてもらう。
 帰宅して60過ぎの妻の顔をジッと見ると、目元や口元にいくつもの小しわがある。ところが10歳近く上の小百合さんには、まるでなく若々しかった。その話をすると、「きれいな女優さんと比べないで!」と妻の怒ったこと。しばらく口をきいてくれなかった。
当日のチラシより

 

2016-09-21

飯舘村の暴走村政 9月村議会傍聴記

 9月7日からはじまった飯舘村の村議会が、最終日を迎えた16日に傍聴させてもらった。まだ0.36μSv/hと高い放射能汚染地である元の町役場へ7月1日より戻り、村議10名のうち出席した8名の前に、議長と副議長を中心にして村長や教育長など執行部15名が対峙していた。
 10時からスタートした主な議題は、平成27年度決算承認と平成28年度補正予算の審議であった。人口が6178人(1842世帯)のこの村で、以前は40億円から50億円の村の財政が、28年度の補正予算は倍以上の112億8757万円で可決した。復興の補助金を使い、豪華な公民館・道の駅・学校・保育園・スポーツ施設などの増改築が主な理由である。
 震災の前から村でも少子高齢化が進み、さらに道路際で1μSv/hも珍しくない高い放射能の汚染地に、どれだけの子どもを含めた村民が帰ってくるのか不明なのに、巨大な箱物だけができつつある。たとえば0歳から5歳までの保育園の規模である。小学校を1クラス30人学級にしているので、それに準じて保育園の1組を30人にしたと、村の担当者は説明していた。震災がなくても実現できる数でなく、私は開いた口がふさがらなかった。
 この7月から自宅での長期宿泊を村では可能とし、約150世帯の300人が届け出をしたが、実際に泊まっているのは高齢者中心の50世帯ほどとのこと。帰村したい気持ちはあっても、高い放射能は気になるし、隣近所に誰もいなければ不安で泊まるどころではないだろう。
 休憩をはさんで午後の2時前まで議論はあった。公民館に11億円、新しい道の駅に9億円、学校再開に34億円、スポーツ施設に23億円などの関連事業が可決となった。開設費は国の補助金で賄うからいいとしても、(実際は国民の税金だからこれも問題だが)、オープン後の電気代などのランニングコストや、老朽対策の維持費などは村財政で賄わなくてはならない。沖縄で米軍基地のある集落に、豪華な公民館などの公共施設ができ、その高額な維持費で自治体の財政が大きく悪化している。同じ愚を飯舘村でもしようとしている。村民の現状や要望に沿った村政でなく、復興の補助金を使えるだけ使ってしまうことが復興と勘違いしている思考停止が、村役場の幹部や保守系の村議にも顕著であった。
 こうした議論をやり取りしている間、村長はほとんど居眠りをしていてこれにも驚いた。ある議員に聞くと今日に限ったことはないそうで、「までい」(丁寧)な村政を口にしているのに、やっていることは真逆である。10月16日投票の村長選が、こうした暴走村政を変えるきっかけにぜひなってほしい。「積極的平和主義」と言いつつ、世界中で戦争のできるの準備を進める安倍首相と姿勢は同じである。
 写真は、役場や中学校近くの山の掘削風景で、平成30年3月までかかり、想像もできない117万㎥をも掘りだす計画である。ここでの山土は、除染のためはぎ取った田畑に入れている。小山がひとつ消えつつあ
る。
 

2016-09-07

神戸に野尻先生を訪ね

 京都での21総学の最終日に、早めに抜けて神戸へと私は向かった。生協総研の頃からお世話になっている野尻武敏さんに会うためである。今年92歳の野尻さんは、体調を悪くしてコープこうべの協同学苑の学苑長も退き、神戸市郊外で奥様と暮らしている。電話に出た奥様の話では、今年になってから耳が遠くなり、普通に会話ができなくなって困っているとのこと。電話での話も無理とのことで、野尻先生の紹介記事と手紙を書いて郵送させてもらった。
 1週間ほどして返信があり、いくつもの修正した原稿と同時に、近況に「こんな状況ですがよければおいでください」と添えてあった。すぐに修正し、新しい原稿と9月4日の昼に伺うと手紙を書いて出した。
 西神中央駅から徒歩15分ほどの、静かな住宅街に先生のお宅はあり、娘さんと奥様が出迎えてくれた。居間に案内され、いくらか腰のまがった先生と会った。奥様が、「良ければこれを使ってください」と持ってきたのは、底を抜いた紙コップであった。それでも使わずに、少し大きくゆっくりと話すと補聴器を付けた先生は普通に聞くことができ、安心して会話ができた。
 新潟県の名立機雷爆発事件に関連し、戦後の機雷処理を詳しく教えてもらった。アメリカ軍の新型機雷は、全て海底に落として磁気、音響、水圧に反応するもので、名立で岩に接触して爆発した古いタイプは、日本か中国か朝鮮のものではないかとのことであった。
 30分も話ができればと思っての訪問であったが、気が付くと3時間も過ぎていた。著書の『蝉しぐれ』にサインをお願いすると、「忠恕」と書いてくれた。恕は、孔子が一番大切にしていた思いやりである。
 これまでの長い人生の折々に短歌をよみ、それを集大成した本がこの10月に完成するから私にも送るとのこと。92歳とも思えない情熱には、ただただ驚く

 玄関先で記念写真を撮らしてもらい、握手して別れた。路地の角を曲がるまで、ずっと玄関の前に立って奥様や娘さんと手を振ってくれていた。私も何度も振り返り、お辞儀をしつつ大きく手を振った。路地をまがると、一気に涙が流れてきた。
 

2016-09-05

日本科学者会議21総学に参加2 安重根の息吹を感じて

 龍谷大にて安重根(1879~1910)の資料を見せてもらえる場があり、2日の一番の新幹線で出かけ参加した。伊藤博文を国家の敵としてハルピンの駅で射殺した安は、日本では暗殺者だが、韓国では祖国を守るための英雄である。
 捕えられた安は、旅順の監獄で自伝「安応七歴史」と「東洋平和論」を執筆し、その態度から日本人の看守などにも慕われた。
 処刑の前に約200点の揮毫をし、お礼の品として世話になった方に渡した。そのいくつかが日本に渡り、4点が龍谷大に寄贈された。
 その1つが「戒慎乎其所不賭」(其の賭ざる所を戒慎す)で、勢いのある筆で一気に書いてあった。他にも論語からの文を、紙にきちんと納めてある。記録によれば、処刑の5分前まで書いていたとのこと。それがどれも一字も乱れることなく、力強く跳ねている。そのときの写真もあり、動揺した気配はまったくなく、断指同盟で薬指の第4指を切り落とした左手を見せている。
 ソウルの安重根国立記念館でも何回か触れたが、あらためて軍人であり教育者である
安の熱い生き様を感じることができた。

日本科学者会議21総学に参加1  TPPと被災地の農を考える

 9月2日から4日まで、暑い京都の龍谷大学にて日本科学者会議21総学があり出かけた。メインタイトルは「科学と社会との緊張関係―現代社会が求める科学者の社会的責任ー」で、総論を受けて平和や環境や災害など30の分科会があった。私は3日の午後に開催のB-1分科会「食と農の政策科学 食と農水を考える」の責任者と同時に報告者も兼ね、他の3人の報告と一緒にそれぞれ30分間話した。
 報告のタイトルは「TPPと被災地の農を考える」で、TPPの概要に触れて、農や食だけでなく主権を侵して多国籍企業や銀行に富を集中させ、社会の構造を悪化させる危険性がたぶんにあると触れた。またマスコミにはいっさい登場しないが、2013年からサービス分野で世界の50か国が議論している新サービス貿易協定TiSAを紹介し、TPPが成立しなくても、完全に秘密裡に進行しているこの協定が成立すれば、日本の教育、医療、水道などに多国籍企業が参入すると警告した。
 報告の後半は被災地の農水の動きで、困難な中でも宮城県の小規模でもJAや生協や加工業者などが連携し、地域を大切にした商品開発のいくつかに触れた。放射能の汚染に苦しむ福島の飯舘村では、除染して山土を入れても雑草も育っていない風景などを写した。
 4人が報告し10分の休憩の後は、5時半まで参加者と有意義な意見交換をして終えた。