生協の職員にも「大企業病」が
「働きがいのある仕事や職場づくり研究会」アンケート調査から
2010年7月14日 生協研究家 西村 一郎
はじめに
全国の地域生協で働く職員は、日本生協連の2008年度データによれば、正規役職員26,253名(男22,149名、女4,104名)とパート職員48,768名(正規換算)で、合計75,021名にも及ぶ。
これだけの職員集団が中心になり、地域生協の1859万人を超える組合員の活動や、2兆5000億円にもなる事業を内部で日々支えている。そうした職員が、どのような問題意識を持って働いているのであろうか。これからの生協にとっても、大きな影響を及ぼす。そこで2009年7月に生協労連関東地連が主体となって、働きがいのある仕事や職場づくりのためのヒントと課題を、みんなと一緒に明らかにすることを目的に実施した独自調査から生協職員像をながめてみたい。なおこの調査は首都圏にある14の地域生協労組に協力してもらい、正規とパートの計2,180名に調査票を配布し、1,300名から回答(回収率60%)を得た。食の安全や仕事に関連する職員の意識や実態などについて、貴重なデータをいくつも集めることができた。その中から生協職員が、主体的に考えて行動することが弱くて受け身的に働く、いわゆる「大企業病」や「親方日の丸」的になりつつある側面を紹介する。
危機意識
2008年の「ギョーザ事件」を知った時の心境は、正規と正規以外ともに、「社会的信頼を失う」、「組合員に申し訳ない」、「供給高が低下する」が5割以上と高率で、全職員はそれだけ大きなショックを受けている。正規の割合が高いのは、「仕事が大変になる」や「生協が倒産する」で、逆に正規以外が高いのは「組合員が脱退する」や「どう判断してよいか分からなかった」の項目である。なお「生協が倒産する」と危機意識を持った正規は正規以外より3倍近く多いが、「他の生協のこと」と割り切った正規も、正規以外より倍ほど多い。
ところでそれだけのダメージを全職員は受けながらも、「転職を考えた」職員は2%台とごく少数であり、それだけ生協への信頼や帰属意識が高いと評価もできるが、他方で「生協にしがみ付いている」と否定的に言えないこともない。要は一人ひとりの職員が、組織に頼り過ぎるのでなく、主体的に自らの考えで判断し仕事をしているかである。
働きがいと生協の理念は
自分の生協の理念やビジョンや行動指針は、自身の仕事に活かされていると思う(そう思う+ややそう思う)職員は、正規で43.2%と正規以外では47.8%であり、過半数は活かされていないと思っている。
さらに「生協の理念等が仕事に活かされない理由」を尋ねると、正規と正規以外ともに、「日頃はビジョンや理念、行動指針を意識しない」や「常に経営数値を優先」や「形だけで中身がない」の割合が3割以上と高い。なお「常に経営数値を優先」、「形だけで中身がない」、「言うことと行動が異なる」や「ビジョンや理念、行動指針がない」では正規が高く、他方で「ビジョンや理念、行動指針を知らない」や「日頃はビジョンや理念、行動指針を意識しない」では正規以外が高い。こうした傾向は以前の別の調査と同じであり、不満があるとすれば主体的に変革すればよいのだが、残念ながらそうした動きは弱い。上からの指示待ち職員が多い。
ところで生協の理念やビジョンが職員の働きがいにつながっていない要因は、以下の3つのパターンが想定できる。第一に、その生協に明確な理念やビジョンのないときであり、これは生協組織の歩むべき方向を定めていない理事会の責任である。地図と羅針盤を持たずに荒波を航海するようなもので、極めて無謀である。第二に理念やビジョンがあっても、その内容が協同組合の思想からして不充分であるとか、もしくは全職員が理解するための場や手段を講じてないことで、これも理事会の責任が大きい。明確な道筋を示し、その意義を全職員に理解し納得させることであり、そうしなくてはせっかく創った理念やビジョンを神棚に飾ってあるのと同じである。
第三には、素晴らしい理念やビジョンがあっても、それを正面から受け止め、日々の仕事に活かす努力を職員がしていない場合であり、これは受け身の職員の側に責任が大きい。マニュアルや上からの支持・命令のみに忠実に従って働くことは、自らの頭で考える苦労が少なく、かつ結果の責任についても上司に転化することができるので楽ではあるが、上だけを見て全体像を把握しない一面的な「ヒラメ人間」が増え、生協を支える本来の職員像にはならない。生協の歴史が長くなって組織が硬直化し、残念ながら「ヒラメ人間」が多くなりつつある。これは大規模な生協だけでなく、中小においても残念ながら同じようである。
自由な議論は
自由な議論は、民主的な組織運営にとって必要不可欠であるが、正規と正規以外ともに、「職場の会議で自分の疑問や提案を自由に出すことができる」と思っている職員は3分の2で、残りの3分の1の職員がそうは思っていない。そうした職場の会議で疑問や提案を出せない要因は、雇用形態別でみると表1となる。
表1 職場の会議で疑問や提案を出せない要因
単位:% | 回答 者数 | 会議が一方的伝達の場 | 参加者が受け身 | 多忙で時間がない | 経営数値に追われ余裕がない | 会議がない | 提案する気がない | 議論が無意味 | 他人が出してくれる |
合計 | 456 | 43.0 | 28.9 | 31.4 | 23.9 | 25.2 | 7.7 | 11.0 | 3.7 |
正規 | 200 | 49.5 | 30.5 | 32.5 | 33.0 | 14.5 | 12.0 | 14.5 | 2.0 |
正規以外 | 256 | 37.9 | 27.7 | 30.5 | 16.8 | 33.6 | 4.3 | 8.2 | 5.1 |
正規と正規以外ともに、「会議が一方的伝達の場」や「多忙で時間がない」が3割以上と高く、会議の運営方法や場の設定での工夫が求められている。正規以外より正規が2倍も多いのは、「経営数値に追われ余裕がない」で、逆に正規以外が正規より2倍以上多いのは「会議がない」である。職場における自由な意見交換は、職員が働き甲斐を持って楽しく働くためにも極めて大切なことだが、ここでも自らの意思で変革しようとする姿勢が弱いと言える。
労組の分会でも同じ傾向が
労組の分会で自由に意見を出すことができると思っている(そう思う+ややそう思う)職員は、正規と正規以外ともに3人に2人で、他方で3人に1人はそう思っていない。このため残念ながら職場の会議と同様に、労組の分会でも改善すべき課題を残している。
なお労組の分会で疑問や提案を自由に出せない要因は表2である。
表2 労組の分会で疑問や提案を出せない要因×雇用形態
単位:% | 回答 者数 | 分会が一方的伝達の場 | 参加者が受け身 | 多忙で時間がない | 分会が開催されない | 労組は信頼できない | 議論は無意味 | 他人が出してくれる |
合計 | 463 | 15.6 | 29.8 | 30.2 | 19.7 | 11.4 | 10.2 | 8.9 |
正規 | 206 | 15.0 | 32.0 | 37.4 | 23.3 | 18.0 | 10.2 | 4.9 |
正規以外 | 257 | 16.0 | 28.0 | 24.5 | 16.7 | 6.2 | 10.1 | 12.1 |
正規と正規以外ともに、「参加者が受け身」や「多忙で時間がない」が3割前後と多い。他には正規で、「分会が開催されない」や「労組は信頼できない」で2割前後と多く、また「分会が一方的伝達の場」とか「議論は無意味」といった意見の職員が1割ほどいることも、労組として原因と対策を早急に考えなければならないだろう。
主体的に考え働く職員めざし
本来は生協も労働組合も、形は異なるにせよどちらもそれぞれ同じ志を持った人たちが集まり、構成員が互いの力を出し合って共に助け合う自覚的な組織である。
ところでその組織の歴史が長くなったり、もしくは規模が大きくなったりすると、過去のいくつもの成功体験に内部の人々は安住し、過去の繰り返しを続けて新しい挑戦をしなくなりやすい。生協や労組も同じである。また事業規模が大きくなってマニュアルなど内部規定が整備されると、問題意識を持たずマニュアルに沿って忠実に働き活動することが大切であると考えるようにもなる。
どちらにせよそうすることが自分の頭を使わずにすむので楽であるかもしれないが、主体性を抜きにして仕事や活動が楽しくなるわけは決してない。一番の遣り甲斐を自覚できるのは、納得した実践を通じて達成感を感じたときである。
生協にせよ労働組合にせよ、組織の主人公である組合員や労組員は、日々の変化する社会環境の中で暮らし働いている。このため環境が変われば、過去で成功したことが次にまた必ず成功するとは限らない。社会も変われば、何よりも組合員や労組員の暮らしや働き方や考え方も変化している。そこで常に組合員の暮らしや職員の働きの実態を注意深く見つつ、何が生協や労組に求められているのか考えて実践し続けるしかない。
そのためには第一に、たとえ組織の歴史が長くて規模が巨大になったとしても、組合員や労組員の要望に合わなくなれば、内部から変革しなくてはならないし、それは可能であるとの自覚を一人ひとりが持つことである。第二に、組織の責任者たちは、いつも組合員の暮らしや労組員の働きに注目し、その現実から謙虚に学ぶ姿勢を忘れてはならない。
*紹介した調査データは、単行本「ギョーザ事件から生協を考える」 1000円
(生協労連関東地連 土屋 電話03-3478-0337)に詳しい。
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