2016-06-27

内部被曝を無視して帰村の準備が 6月下旬の飯舘村訪問記

 6月18日から22日まで飯舘村の隣にある飯野町の知人宅に泊まり、飯舘村へも2回足を運んだ。
 22日の午前中は、飯野町にある飯舘村仮役場の閉所式があって傍聴させてもらった。5年前のこの日に、飯舘村役場がここに移ってきた。来年春の帰村をめざし、7月1日から元の場所で役場機能を果たすために、村民より一足早く帰る準備をするという。
 式典では村長や避難を受け入れた福島市長などの挨拶があり、後半はこの5年間を映像で映していた。震災当時の大混乱をくぐり抜け、よく5年間も苦労し、やっと来春の帰村ができるようになったと皆は喜んでいた。
 しかし、そこに帰村する村民や職員への健康上の配慮は一言も聞こえなかった。村の空間線量は、今も毎時1から2マイクロシーベルトである。この公表のデータは、除染を繰り返したコンクリート道路のモニタリングによる計測値であり、少し離れた雑草などでは2から3倍の数値になる。これらは年間に換算すると、公表値で約10から20ミリシーベルトとなり、さらに雑草地になると約20ミリから60ミリにもなり、国際や我が国の基準でもある1ミリに比べると異常な高さである。さらにチェルノブイリでの1ミリには、内部被曝を考慮するので、許容される空間線量はさらに低くなる。
 こうしたことを考えると、手放しで飯舘村への帰村の準備を喜ぶわけにはいかない。

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